2009年5月8日金曜日

小池研・上平研合同卒業制作展を振り返る

驚きのタイトル。あれからもう2ヶ月も経つのですね。年度末から、立ち止まって考えるための余裕がなかった。あの頃は実に惚けていた。ただし、書くこと、考えることの自由は時間に制限されるべきではないので、振り返ってみる。

上平先生へ僕は、「情報デザインをする上で、もっとも大切な能力とは何か?」という質問を投げた。
それに対して上平先生は「問題発見能力」と、非常にシンプルで本質的な回答をされたことが印象に残っている。

問題は常に、理想と現実のギャップの中に存在する。ユーザと社会状況を含めた背景は何なのかを把握し(Understanding Context)、ギャップを生んでいる問題を発見すること(Framing Problem)。それがあって初めて物やサービスのデザインがある(Designing Solutions)。


デザイナーの特技は、モデルなしで、今ないものを完成品に近い状態にしてみせられることでしょう。
ほかの造形作家が、他人の評価にお構いなしに自己の世界を主張したりするのと違って、デザインの場合は、大勢の人を納得させるものでなくてはなりません。
<中略>
いくら写実にたけていても、アイデアの発想や構想力が貧困な人には、創造は無理でしょう。
プロダクトデザインの本  関口由紀夫

パネルディスカッションで、浅野先生は情報デザインが求められている一つの理由として、情報が溢れすぎている現在の背景について言及された。いま、物だけでなく情報も溢れている、ように見える。新聞、雑誌、テレビというメディアから、インターネットを手に入れたことによってさらに効率的に情報らしきものにアクセスできるようになった。ただし、それは情報といえるのか。ただ雑多な文字やグラフィックが右から左に流れているだけではないのか。そもそも情報とは、人にとってどういうものでなくてはならないのか。
「情報デザインとは、理解不能な情報を理解可能な情報に変えることである。そして理解可能となった情報は、それを受け取る人に力を与え、行動を呼び起こす指針となる。」というリチャード・S・ワーマンの情報デザインの定義にあるように、受け手を駆動する力を内在したものが情報ではないか。

しかし、論理というと言葉で考えることに慣れてしまっているので、視覚的に論理を組み立てるには、ある程度の慣れが必要になります。
”デザインの教室” 佐藤好彦

俯瞰して見る目だけではなく、手を動かして物を作ることもまた問題発見のためにある。いきなり作ったものが答えになることなんて、ほとんどあり得ないことなのに、そんな簡単なことを忘れてしまう。早くつくれだとか、効率的にやれだとか、生産性だとか、社会化された概念に寄り添う時間が長くなると、本質が見えなくなるらしい。人格とはいとも簡単に環境によって融合されてしまうようだ。

手を動かし何度も作っては壊し、また作り続ける子どもなら当たり前に持っている人格を、外的なノイズで封印などしないように。


ところでヤマダさんとスガワラ君の発表は面白かったなぁ。小池研究室のひとつの理論的な基盤はアクターネットワーク理論から来ているのですね。やっぱりこの辺が面白いのだろうな。

2 件のコメント:

sumidatomohisa さんのコメント...

アクターネットワーク理論!
ラトゥール強化しといたんで、また議論しましょう。

blue_blue さんのコメント...

どうぞよろしくお願いします。