2007年3月3日土曜日

踊りに行くぜ!Special in Tokyo

コンテンポラリーダンスという言葉が出てくる以前には、モダンダンスという言葉がありました。最近になって、モダンダンスや既成ジャンルの枠内に収まらない表現手法をまとめてカテゴライズし、その新しいジャンルに対するラベルとしてコンテンポラリーダンスという言葉が生まれたようです。ですからパフォーマーは当然、コンテンポラリーをやっているという意識ではなく、自分の表現がたまたま今の時代の言葉ではそのように呼ばれるようだという認識のようです。

踊りに行くぜ!2007 Special in Tokyoは、全国各地で行われた「踊りに行くぜ(各地域版)」からさらに秀逸な作品が選出されて最後に行われる公演です。6チーム出演の各20分のパフォーマンスです。場所は吾妻橋にある、金の泡のオブジェで有名なスーパードライホールのアサヒ・アートスクエア。実際訪れたのは初めてですが、真っ黒の四角錐を切って面積の広い方を上にして地面に立てたようなつくりになっています。

余談ですが、スーパードライホールはフランス人デザイナー、フィリップ・スタルクの設計なんですね。「誰のためのデザイン?」で有名なドナルド・ノーマン先生も高く評価しているアレッシーのレモン・スクーザーが有名なデザイナーです(右写真)。さびちゃうのでレモンが搾れないのですが、これはレモンを搾るためではなく、会話を始めるためのデザインであるそうです。ノーマンの「エモーショナル・デザイン」の表紙にも使われているくらいで、デザイナーだけでなく認知科学者や心理学者、ヒューマン・コンピュータ・インタフェース分野の研究者の間でも有名。あの金のオブジェも、確かに近くいる人に話をせずにはいられないデザインです。

話は戻りますが、今回は横浜で踊っていたときの5倍以上は康本雅子の踊りを観ることができました。6チームのなかでも、やはり格が違っていて、それは一緒に連れて行った友人もそういう感想を持っていたので、思い込みではないでしょう。
演目は「ナ花ハ調」
康本自身、自分の作品について解釈はいくつもあってよいと語っていて、インタビューでもコンセプトを説明するようなコメントは一切ありません。強いて言うなら、映像的に観たい絵を連ねているということを以前語ってはいました。
実際に観て、康本は自分の「身体が動きたいように動いている」と改めて思います。動きたいように動く身体を目の前にする者は、規定された空間のなかで規定された動きを、知らず知らず強いられている日常に疑問を持ち、世界が揺らいでしまうのではないだろうか、そんな風に思います。

もう一人注目したのは酒井幸菜というダンサー。寝返りから体のエネルギーの絶頂を求めて昇華していくというテーマが、康本とは対照的にわかりやすく、その表現に素直に感動を覚えました。茅ヶ崎出身の若い才能です。


この日は早起きして、魚河岸横町(築地)まで行ってきました。築地の朝は早いのです。魚河岸横町は、恩のある方に何度か連れて来ていただいた縁のある場所です。今回は初めて、「高はし」というアンコウ煮や穴子丼で有名なお店に入りました。10人ほどしか座れないカウンター席なので、30、40分並んで入店。穴子丼ときんめ煮を頼みました。どちらも甘くはなく、ほとんど醤油のさっぱりした感じのみでしたが、余計なものがなくて本当においしかったです。また、すごいと思ったのが焼き魚は15分ほど時間がかかるんですが、注文のたびに店主が厨房から出て来て丁寧にお客さんのところまでいって説明して許可を得る。そして、「15分お時間いただきました」と大きな声で店員全員に周知。注文を聞いているお姉さんも時間がかかることを説明しているのに、注文が入ったら必ず店主は、いま言ったような行程を繰り返すのです。市場のプロ、営業のプロ、魚のプロがごろごろいるなかで、料理屋を営み続け、さらに全国から食べにくる客が行列をつくるような状況のなかで、人の「時間をもらう」ということに対する意識がとても徹底している感覚に感心しました。
市場に出れば元気のいいおじさんが干物を試食させてくれます。見ているだけの人から求めているものを聞き出して、次から次に説明を始めて営業します。路上に机と椅子を出して幌で囲われた一角で「コーヒー築地」という手書きの看板を出しているおばちゃんは、ゆで卵食べる?といってサービスでくれました。

カスタマーサービスの向上やそれ自体が付加価値となっている世の中で、築地という場所は(一概にくくれない特殊な場所ではあるが)自然と古くから客に対する精神が洗練されてきたのではないかと思います。

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