2007年5月5日土曜日

日本美術が笑う

森美術館にて、『日本美術が笑う:縄文から20世紀初頭まで』『笑い展:現代アートにみる「おかしみ」の事情』。ひとりのアーティストではなく、日本美術の中にある笑いをテーマにした企画展。笑っている埴輪から、若冲の白象図などのいきものへの視線、そして神仏の中にみる微笑みまで。円空(生涯に12万体の仏像を彫った)や木喰の木彫りの仏像が特に印象的でした。円空は、「立木からいらないものを取り除いて、あるべき姿を取り出している」というようなことを言ったそうです。私は今の仕事は、アイデアや技術や研究を、時代と人間に即した形にデザインすることだと考えていて、円空と同様に「あるべき姿」に仕上げるのが私の役割だと認識しています。深い微笑みをたたえている円空や木喰の仏像のように、人に微笑みを捧げられる仕事であることを大切に考えていたいと思いました。

最近、なんでも仕事に繋がってしまいます。

現代アートの館内で、すごく良い解説文章があったので引用させてもらいます。MITの石井先生にもらった宿題の意味がまた、新たな視点で理解できたように思い、この文章を書いた人に感謝です。なんとなく感じていたことをちゃんと言葉として認識することができました。

私たちはみな、知っている世界や見えている世界、明らかな権力などに支配されがちですが、計り知れない自然や科学のちから、目に見えない感覚や感情、新しいなにかを想像する力なども、私たちが生きるためには欠くことのできないものです。

現代アートはしばしば説明のできないこれらのものを体験させたり見せてくれたりします。それは世の中の新しい見方や真実を追求する姿勢を教えてくれるものでもあります。ときに不快な印象を受けるのも社会の表面では隠されているものや常識的な許容範囲をこえたものを提示することで見えないものを見せようとしているからだともいえるでしょう。

私たちを笑わせてくれるユーモアやジョーク、風刺や寓話などにもこれらと似た役割があります。笑いは緊張感を緩和し固定化した考え方や保守的な権力などに揺さぶりをかけ、それらが真理であるのかを問いかけます。

笑いによって緩められた感受性のどびらからみなさんにはどのような世界がみえてくるでしょうか。


現代アートはまさに、Defying Gravityを具現化した表現なのですね。

六本木ヒルズの展望台からの東京タワー。いつみても東京の街並は美しくて、無秩序で、せわしなくて、不安定で、落ち着かなくて、あったかくて、無機質。エンパイアステートビルから見下ろすNYと似ていて、エッフェル塔から見下ろすパリとはぜんぜん違う。

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